できること、できたらいいこと、できなきゃならないこと。

r-mutt2007-03-07

そういえばあんなコがいたな。なんていつ出てくるか分からない北の方々をお待ち受けするために、脚立の上でじっと構えながら、ふと高校生のときのことの思い出す。ファインダーはしっかり覗いているのに頭の中は回想モードのあの不思議な感覚。

あんまり目立たないコだった。よくよく考えてみれば3年間同じクラスだったけれど、しゃべったこともあんまりない。よくいる・よくある話で。メガネをかけていて、図書委員でスカートの丈もわりに長い。特別可愛いというわけでもない。言ってみればクラスに一人はいるタイプ。きっと彼女は僕に興味なんかなくて、僕も興味はない。同じ教室の、違う世界に住む二人。

そんな彼女にはっとさせられたことがある。

僕の高校にはオーラルがあった。たぶんみんなあると思うけれど、要するに英語のリスニングやらスピーキングの時間だ。僕はその授業がとっても嫌いだった。みんな同じ感じだった。時代遅れのカセットテープをつかった宿題はいつもサボってた。なんだか気だるくて、ちくちくする白のワイシャツや、外の枝の揺れ方とか雲の形とか誰かが走って校舎に駆けてくるとか、いつの間にか汚れてた制服の裾とか、そういうことの方が気になる。高校生にとって授業なんて大抵そんなものだ。

そんな夏だか秋のぱっとしないとある日のオーラルで彼女は教室の前に立っていた。"I wanna be a writer"と高らかに宣言した後、英語でひとしきり発表した。正直言って英語は何言ってるんだかよくわからなかった。最後にかすかに聞こえた"Refrigerator"と"But It's Me"以外はまったく届いてこなかった。徹夜明けですごく眠たかったし、何しろ授業にも彼女にも興味がないので理解する気なんてそもそもない。もし眠くなかったとしてもそのころ僕は僕でそれなりに忙しかったし、やはりどうしたって違う世界のことに目を耳を向ける暇なんてなかったのだ。

「わたしは書くという行為において、自分という人間がどういった人間であるかをようやく知ることができる。だからまずは書こうと思う。それが入り口だ。出口があればいいと思う。もしなければ、文章を書く意味なんて何もない」

「夜中の3時に寝静まった台所の冷蔵庫を漁るような人間には、それだけの文章しか書くことはできない。そして、それがわたしだ。」

静まる教室。今まで見聞きしたこと無いような美しくてウイットに富み、そしてどこか自嘲的な文章。彼女からそんな文章が出てくるなんて夢にも思わなかった。僕はベルと同時に彼女に駆け寄って素直に感想を述べた。君には才能がある。頑張ってほしい、君ならひょっとするかもしれない、そう伝えると彼女は俯いて何も言わずに教室から出て行った。

僕は高校を卒業して浪人するか悩み、結局急ぎ足で大学に入学することになってからも、ずっと彼女が発表する光景を覚えていた。なんでもない風景がふとしたことでずっと取り残されているような感覚だった。僕も彼女のような表現ができるようになれればと心のどこかに思っていたんだと思う。ごく自然に文章に憧れを持った。しかし、その彼女に対する幻想は崩れ去ることになる、当然。村上春樹の『風の歌を聴け』と『1973年のピンボール』を読んでしまったから。

ああなんで彼女は盗作なんかしたんだろうと思ったことを、ハノイの見知らぬ土地で思い出した。不思議なものだ。なぜ・僕は・いったい・よりによって・ハノイなんかで。でも思い返せば、なんとなくだけど、彼女は別に悪くない気がした。別にたいしたことじゃない。憧れていただけだ。さっきまで笑ってた二人が、突然ものすごい剣幕で怒り出すハノイだからこそそんな風に思えたのかもしれない。土地性というもののチカラを知る。