軟弱な国家、軟弱な国民、軟弱な僕。

どこまでもどこまでも長い鉛筆が、ある町の小さな小学校に届けられた。その町はとびきり貧しかったので、先生はその鉛筆の訪れをたいそう喜んだ。「これで子供達ひとりひとりに書くものを与えることができる」子供達も「もう枝で砂に書かなくていいんだ」とはしゃぎまわった。

鉛筆はヘリコプターで校庭の真ん中に落とされた。パイロットはそっと置いたつもりだったけれど、やはり鉛筆はとっても重かったので、その音と振動はとなりのとなりの、そのまたとなりの町まで届いた。大勢のお年寄りがあまりの振動にひっくり返った。校庭の巨大な鉛筆に一斉にみな駆け出す。ぴたりと身体を寄せ、耳を当ててみたり、おでこをつけ、ほお擦りする子供たちの表情はみなとびきりの笑顔だ。

ぼくは一人、校庭の錆びたジャングルジムの上からその光景を見ていた。ぼく一人遠くからその光景を見ていたんだ。だから僕はすぐにわかったんだ。「あぶない!」鉛筆は『えんぴつ』になり、またすぐに『エンピツ』に姿を変えた。僕は力の限り叫んだ。「それは鉛筆なんかじゃない、騙されているんだ!」でも僕がいくら叫んだって聞こえやしなかった。みんなの喜びと歓声でかきけされてしまうから。「きみたちの眼は、きみたちの眼ってやつは」歓声が悲鳴に変わっていく。もう何人もの友達がばらばらになって、ごろりごろりと転がってる。友達の顔は身体から離れたのに、まだ笑顔のままだ。「だいたいその眼で見えているものは、」エンピツの周りは赤茶に染まっていく。「都合のいいように姿でしかないのに!」

ぼくは最後まで校庭を見ていた。とうとう最後の一人がはじけてしまうまで、ジャングルジムの上にいた。エンピツはすこし注意を向けてきたけれど、ぼくがエンピツのことをよく理解していたことを知って、何もしてこなかった。しばらくしてエンピツが『えんぴつ』に、そして『鉛筆』に戻った。ほどなくヘリコプターが鉛筆をゆっくりと持ち上げて、次の町まで運んでいった。

僕だって『鉛筆』は怖い。怖いけれど、ちゃんと運ばれてきたものと向き合わなきゃいけない。隅々まで見て、観察して、それから喜ばないといけない。次は鉛筆じゃないかもしれない。まったく見たことないものかもしれない。エンピツを鉛筆だという思い込みが僕ら自身を殺してしまうんだ。