すれ違いの吊革、ラッシュでも、すぐに分りたかったな。

通勤列車はかったるく、比較的フレキシブル(というと聞こえはいいけれど)な僕は久々に10時出社。あーあーあーあ、今日もまた

――君がいる

最初は気がつかなかったよ。一緒に住んでたときもあったのにね。なんでだろうな、隣に立っていたのにね。そうかな、と思って、違うだろうな、って思った。でも君が開いていたノートの字を見て、わかったよ。

話しかけようと思えば話しかけられた。実際話しかけようとした。でも、薬指がキラリと光ってやめた。そうだ、君はもう結婚したんだ。君は指輪に守られている、彼に守られている。

あんなに好きだったのにな。でも変な感じなもので、君の変わらない姿を見たとき、すごく懐かしい気持ちがこみ上げてきた。それだけで十分だった。別に何を話すこともない。僕の存在はもう要らない。

多分、これは悪戯なんだと思う。誰かの悪戯なんだろうと思う。ちょうど北海道に行ったとき、君の住む町を通り過ぎたからだ。君はもうあそこに帰らないと言っていたよね。車窓から見ただけだけれど、すこし大きなスーパーが建っていたよ。

お幸せに。本当にお幸せに。